牧場へと続く道の脇で、木の根を枕に横たわっているその男は、黒ずくめの風体で怪しいといえば確かに怪しい。
「ね、ね、殺し屋みたいでしょ?」
「し、死んでるのかな?」
「……眠ってるんじゃないかしら」
「あっ、動いた」
遠くからこわごわと観察している三人に気づいたのか、男は身体を起こそうとしたが、そのまま倒れてしまう。
「あっ……」
思わず駆けよってしまう三人娘。
「あ、あたし誰か呼んでくる!」
走り出そうとしたキャシーだが、男に呼び止められる。
「ま、待って……くれ……」
弱々しく差しのべられた腕はパン籠を指していた。
「その……バスケットの……中は?」
「こ、これは……新作のハニーブレッドですっ」
「ハニーブレッド?……しかし、その香りは」
「試供品なんですっ、よかったらどうぞ!」
男はパンを受け取り、ひとくちかじるなり咆哮する。
「……すばらしい!」
びびる三人を尻目に、猛烈な勢いで食べ続ける。
「この芳香、まるで花園の中に居るようだ。蜂蜜の甘みも軽くさっぱりしていて、飽きのこない味わいを
かもし出している。なにより、ひとによってはクセとも感じるこの香りが、選ばれたものこそが味わえる
至福の世界に誘ってくれる。……まさに、まさに天国のパンだ!」
次から次へとパンを平らげていく男。あっけにとられていたマリエルたちだが、恐る恐る声をかける。
「あの……ゆっくり食べないと身体に悪いよ?」
「うっ!」
突然胸を押さえ、苦しみ始める男。その顔がどんどんと紅潮していく。
「ほら、だから言ったのに……」
「み……みず……」
◆ ◆ ◆
「……すまなかったな。礼を言うぜ」
ハーブ園の庭で茶を飲み、ようやくひとごこちついたようすの男は、そう言って三人に笑いかけた。
「すきっ腹をかかえて動けなくなっていたところに、あまりにいい匂いがしたもんで、われを忘れてしまったぜ」
そしてキザにウィンクをキメる。
「俺の名はヒュー。助けてくれてありがとうよ」
「お礼なら、ロイドさんのパンに言わないと」
ニコニコと笑顔で答えるヘイゼルに苦笑する。
「そうだな。……こんなうまいパンは初めてだ。こんなパンを食わしてくれる店があるなら、
少しくらいこの街にとどまるのもいいかもしれねぇ」
「少しなんて言わないで、ずっと居てくれればいいのに」
「そうしたいのはやまやまだが、先立つものが無くてな」
「なら、街で仕事探せばいいよ。ねっ、キャシー」
「そうだよ、なんならオヤジにも頼んでみるからさ」
マリエルたちの言葉を聞いたヒューは寂しそうに笑う。
「ありがとうよ。だが俺みたいな日陰者を雇ってくれるようなとこは、こういうまっとうな街には無いのさ」
そう言って立ち上がるヒュー。
「ま、一泊くらいならなんとかなるだろ。宿屋の場所を教えてくれないか?」
「……うちの近くにあるよ。案内してあげる」
「ありがてえ。よろしく頼むぜ」
◆ ◆ ◆
ヒューを噴水広場に案内したキャシーとマリエル。ちょうど店から出てきたロイドと鉢合わせする。
「こらっ、キャシー!」
「あっ、いけねっ!」
「いつまでも帰ってこないで、なにしていたんですか」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「いやご主人。お嬢さんを叱らないでやってくれ」
その声にヒューを見たロイドがハッとした表情になる。
「行き倒れてたとこを助けてもらったんで……俺の顔になんかついてるかい?」
「いや、失礼。ちょっと古い知り合いに似てたもので」
「俺が?」
「どうかお気になさらずに……キャシー、来なさい」
「ね、ねえオヤジ、ヒューは仕事さがしてるんだって」
キャシーの言葉に、もう一度ヒューを見るロイド。
「……あなたがですか?」
「あ、ああ。ワケあって前の仕事をやめたもので」
じっとヒューを見つめるロイド。なんとなくきまりが悪くなったヒューは視線をそらして背中を向ける。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
宿屋に向かうその背中を、ロイドが呼び止めた。
「もしよかったら、わたしの店で働きませんか?」
「……えっ、ほ、ほんとかい?」
「ちょうど人手が欲しいと思っていたところですから」
「それは願ったりだが……なんで俺みたいなやつを雇ってくれるんだ?どうして信用できるんだ?」
「もし、あなたが自分の居場所を探しているのだったら」
そう言ってにっこり笑うロイド。
「そのお手伝いをしたいと思いましてね」
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